新紀元社 / Shinkigensha

悪役令嬢に転生したらツンデレの呪いのせいで王子と恋が始まりません⁉

悪役令嬢に転生したらツンデレの呪いのせいで王子と恋が始まりません⁉

シリーズ名:ナイトスターブックス
著者:火崎 勇
イラスト:KRN
定価:本体1,200円(税別)
256ページ
ISBN 978-4-7753-1993-2
発行年月日:2022年02月19日
在庫:在庫あり

この本を注文する

  • バナー
  • バナー
  • バナー
  • バナー
  • バナー
  • バナー
  • バナー

本の紹介

せっかく転生したから幸せになりたかったのに……。
悪役令嬢ルートは絶対不可避⁉
嫌われるしかなくても惹かれる気持ちは抑えられなくて──。

プレイしていたゲームの悪役令嬢ディアーヌに転生してしまった夏子。
なんとかしてゲームとは違う方向に進めたいと思うのに、気を抜くと悪役令嬢が顔を出して皮肉ばかり口にしてしまうなんて……。
このままじゃ最推しのルーカスにも誤解されて嫌われたまま⁉
せめてバッドエンドは回避したい悪役令嬢の奮闘ロマンス♥
 


 
 元の世界でも友人はほとんどいなかったのだから、あきらめもつくけど。せっかくだから友人、作りたかったなぁ。
 いいお家に生まれて、容姿に恵まれているのだから、きっと素直な性格なら友人達に囲まれるような日々が送れただろう。
 呪いだわ。
 悪役令嬢の呪い。
 人にいや味みや悪口を言って、真の友人など作れないという。せめてエミリアに出会ったら、彼女に意地悪をしないようにしたい。
 きっと私が転生したのはそのためなんだわ。
 私は公爵令嬢として何不自由のない生活をさせてもらってるのだし、平民で苦労する彼女の足を引っ張らないように出来れば……。
 その時、どこかで何かが鳴いたような気がした。
 足を止めて耳を澄ます。
 確かに何かが鳴いてるわ。
 声のする方に向かって歩いてゆくと、植え込みの陰で子猫が鳴いていた。
 つややかな真っ黒い身体に青い瞳、首には白いリボンが巻かれている。そのリボンが、枝に引っ掛かっているようだ。
「おとなしくして。すぐに取ってあげるから」
 私はしゃがみ込んでリボンを枝から外してやると、子猫を抱き上げた。
 相当暴れたのだろう、全身が泥だらけだ。それに、逃げないと思ったら脚に怪我もしているようだ。
 子猫はにーにーと鳴きながら、私のドレスに爪を掛けた。
「あら、ダメよ」
 爪が引っ掛からないように抱き直し、ハンカチを取り出して泥をぬぐって傷を見てやる。
 少し血が出てるけど、深い傷ではないわ。自分で引っいたか、枝先で切ったのだろう。これなら洗って薬でも塗ってあげればすぐに治りそうだ。
 こういう時こそ、侍女を呼ぶべきかしら?
 そう思ってパーティの会場の方へ戻ろうとした時、植え込みから突然人が現れた。
「クレッセント!」
 私より少し背の高い、濃紺に銀の飾りのついた礼服をまとった黒髪の少年。アイラインを引いたようにくっきりとした目元が印象的な美少年だわ。
 でも、どこかで見たような……。
「お前は誰だ」
 一瞬、見つめ合ったあと少年は険しい視線を向け、私に問いかけた。
 横柄な口の利き方。
「私の猫をどうするつもりだ」
 にらまれて、ムッとした。まるで私が猫をさらったみたいな言い方。
「あなたの飼い猫なの? こんな小さな猫を放し飼いにするなんて猫を飼う資格がないんじゃない?」
 これはディアーヌの言葉だけれど、泥棒扱いされて腹が立っていたので言いたいようにさせておいた。
「何だと?」
「このリボンが枝に引っ掛かってたのよ。小さくて自分で外すことも出来なかったの。しかも暴れたのか、怪我もしてるわ」
「怪我?」
 彼は私に近づいて猫に手を伸ばした。
 間近に来た彼を見て、私は相手が誰だか気が付いた。
 いやだ、ルーカス様だわ!
 私の一推し、ルーカス王子だわ。ああ、どうしてすぐに気づかなかったのかしら。このくっきりした目元は彼の特徴じゃない。
 しかもちょっと偉そうな口の利き方なのよね。
「猫を寄越せ」
 手を伸ばしたけれど、猫が私の胸元に抱えられているから、途中でその手を止める。
 そうなの、偉そうだけど優しいのよ。
 

 
「まず、ありがとうを言うべきじゃなくて? あなたが逃がした猫を見つけてあげたのだから」
 ルーカスにれている間にもディアーヌが勝手に話し続ける。
 めて、相手はルーカス様なのよ。結ばれるなんて思ってないけど、せめて悪印象は残したくないわ。
 私は自分を強く意識して、言葉を続けた。
「失礼いたしました。けれど初対面の人間に相対する時には、状況をきちんと把握してから言葉を選ぶべきですわ。私も、失礼だったと反省いたします」
 ハンカチに包んだ胸元の猫を彼に差し出す。
「はい、どうぞ」
 あ、指先が触れたわ。
「お前、ドレスが……」
 彼の視線が私の胸元に注がれる。
 彼が見ていたのはささやかな膨らみではなく、猫が汚した泥と、爪が引っ掛かったレースだったのだが、ルーカス様に胸を見られていると思っただけで恥ずかしくなる。
 恥じらった隙にまたディアーヌの一言が。
「あなたの猫がやったことよ。盗っ人扱いするより先にお詫びするべきだったわね」
 ああ、もう!
 そんなこと言って、嫌われたらどうするのよ。
「私に向かって言ってるのか」
 ほら、怒ってる。
「猫の飼い主に言ってるのよ。今それ以外の身分は必要ありませんもの。それとも、あなたは必要だとおっしゃいますの?」
 彼は一瞬ムッとして黙ってしまった。今のは『身分をカサに着るつもりですか?』と言ってるようなものだもの、当然よね。王子様に向ける言葉じゃないわ。
「では失礼」
 ルーカス様をもっと見ていたかったけれど、これ以上失言が続いて怒らせたら大変なので、私はすぐに背を向けて立ち去った。
 植え込みの陰に入ってから自分のドレスの胸元を見ると、見てわかるほど泥が付いている。
 手で払ったけれど、猫が引っ掛けたレースの糸がみっともなく垂れていた。
 せっかくメイド達が綺麗にしてくれたのに……。
 こんな格好では人前に戻れないし、色々あって疲れてしまった。
 私は植え込みの中を城の方へ向かい、侍従に声を掛け、サラを呼んでもらった。
「まあ、お嬢様、どうなさったんです?」
 すぐに現れたサラは、私の格好を見て驚きの声を上げた。大した汚れではないけれど、パーティに出席した公爵令嬢の格好ではないものね。
「猫にやられたの」
「猫? こんなところに?」
「殿下の猫だったみたい」
「……それでは文句も言えませんわね。さ、こちらへ。ハンカチは?」
 言われて、猫を包んでルーカス様に渡してしまったことを思い出した。
「失くしてしまったの」
「私のでよろしければ」
 サラは自分のハンカチを取り出して広げると、汚れた胸元を隠してくれた。
「帰りたいわ」
「お嬢様?」
「疲れてしまったの。お父様達に言って、先に帰りましょう。こんなドレスじゃ人前に出られないもの」
 ドレスの汚れは帰る言い訳になってよかったと思うのに、サラは私以上にしょんぼりとした顔になった。
「そうですわね。せっかくのパーティでしたのに」
 やっぱりサラは優しいわ。
「いいのよ。殿下の猫が相手ですもの」
 それを免罪符にして帰りたかったので、もう一度繰り返した。
 ドレスの汚れを取って、レースを直してもらったら、またパーティには出られるのかもしれない。けれど、また失言しないかひやひやしながら人の群に入ってゆくことも、酷いことを言ってしまったルーカス様と顔を合わせるのもつらかった。
「パーティに出席するためには、もう少し修行が必要ね」
「修行ですか?」
「ええ。何があっても動じないように。猫が可愛くても、レースのドレスの時には胸に抱かないように、よ」
「それは大変な修行ですわね」
 サラはやっと笑顔を見せた。
 本当は、どんな時もディアーヌに好きにさせないように。自分がいら立だってる時にもディアーヌに任せたりしないように、の修行なんだけど。
「時間がかかるでしょうね」
 きっと、これがどんな勉強より大変だろう……。
 


 
「きゃっ!」
 人気のない廊下を進んでいた私は、突然横合いから腕を取られ、部屋に引っ張り込まれた。
「誰!」
 思わず抱えていた教科書の束で相手を殴ろうとして、それがルーカス様だったことに気づいて途中で手を止めた、
「ルーカス様……」
 彼は、怒りを抑えた表情で私を睨みつけていた。
「それで私を殴るつもりだったのか?」
「いきなり部屋に引きずり込まれた女性としては当然の防御策だと思いますわ」
「そうだな、妥当だろう」
 殴られそうだから怒ってる、というわけではなさそうね。
「何の御用でしょう」
 今彼と二人きりで会いたくはないのに。
「お前は私の婚約者だとふいちょうしているそうだな」
「は?」
 何を言ってるの?
「クレメンテス公爵家の娘である自分は未来の王妃に相応しいと豪語しているそうだな」
「そんなこと、言ってませんわ」
「そのために私のお気に入りの娘と仲良くしている。いずれその娘は王子のあいしょうになるだろうから。
 親しくして二人で宮廷を仕切るつもりなのだと。だがその一方、陰では彼女を追い出すために陰湿なイジメをしている」
 お気に入りの娘? エミリア?
「王や王妃などすぐに引退させられる。そうなれば自分が王子を動かす。私をだますことなど容易い。事実、あれだけ睨まれていた王子はもう自分を敵視していないと」
 私の噂でエミリアの話題が出た。
 それだけでこれが誰が流したものかすぐに察した。
 ミレディだ。私へのイジメも、彼女がしたエミリアへの過去のイジメも、全部私のしたことにしたいのね。
「私を騙すことが容易いと思っているのか?」
 彼の手が私の顎を取って上向かせた。
「思ってませんわ」
 彼の深い青の瞳はギラギラとした怒りに燃えていた。
 一国の王子がたかが公爵の娘に『騙すのが容易い』などと言われたなんて、侮辱以外のなにものでもないだろう。
 その怒りを抑えて私と話をしようとしている。
「私はそのようなことは言っていません。また誤解して軽率な行動に出られたのですか?」
 ああ、こんな時にディアーヌが。
 私が動揺しているからね。
「噂に躍らされるなんてご立派ですこと」
 火に油だわ。
 彼の怒りが増したのがわかる。
「私をろうするか。それとも、私を操るのは簡単だと思っているのか? 私をろうらくしたと? 男を手玉に取るのはお得意か?」
 怒っている男の人が怖い。
 ほんの十センチ先にルーカス様の顔があることが怖い。
「私の婚約者だと? そんなに私が好きだったのか?」
 その十センチの距離が一気に詰められる。
 う……そ……。
 覗き込まれるように近づいた顔が、近すぎて見えない。
 唇に柔らかいものが当たって、強く押し付けられる。
「どうだ? 嬉しいか?」
 意地の悪い顔。
「噂を本当に出来たと喜ぶか? だがこの程度のキスなどたわむれに過ぎない」
 やっぱり、今のはキスなのよね。
 だとしたら前世も今世も含めての私のファーストキス。
 理解した途端、全身の血液が逆流した。
 顔が熱くて、涙も出た。
「酷いっ!」
 相手が誰であっても、もう関係なかった。
 私は手にした教科書をルーカス様に投げつけると、そのまま部屋を飛び出した。
 最低! 最悪!
 ルーカス様は好きよ。
 ゲームの時から恋してたわ。
 現実でも、彼を好きになっていたわ。
 でもだからって、あんな風にキスするなんて。ミレディの流したくだらない噂に怒って、嫌がらせのキスをするなんて。
『この程度のキスなど戯れに過ぎない』
 ええ、あなたにとってはそうでしょうよ。おモテになるでしょうし。でもね、地味な女子大生や悪役令嬢で人付き合いも少なかった私にとって、ファーストキスは重大事件なのよ!
 それが好意のないキスだったなんて。
 悔しいのに、悲しいのに、ルーカス様とキス出来たという喜びもちょっぴり混ざっている。それがまた悔しくて悲しい。
 先日の、泣き顔を見られた時には幾らか芽生えていたかもしれない好意も、きっと消えてしまっただろう。
 ミレディがどんな噂を流したかは知らないが、あれも芝居だと思われてるに違いない。
 泣いたら王子を騙せたわと笑う女、と思われているのだろう。
 やっぱり私は陰でエミリアをイジメていたのかとも。
「あ、ディアーヌ様」
 駆け戻る途中、こちらへ向かってくるエミリアとすれ違った。
 

 
「ディアーヌ様?」
 泣き顔のまま一瞬彼女を振り返ったが、足は止まらなかった。その横にマチアスがいたから。
「ディアーヌ様!」
 走り続ける私を彼女が追ってこようとした。
「来ないで!」
 と私が叫び、マチアスが彼女を引き留めた。
 ああそうか。マチアスがあそこでエミリアを引き留めたのは告白なんかじゃなくてルーカス様の命令だったんだわ。
 でなければ図書館へ向かったのは私とエミリア二人。彼女がいる前で私を部屋へ引っ張り込むなんて出来ないもの。
 補佐官見習いはアイゼンのはずだけれど、騎士候補のマチアスが王子の手助けをするのはかなっている。
 一体、いつから私を疑っていたのだろう。
 私がエミリアの隣で学園生活を満喫している最中に、ミレディは必死に噂を流していたのね。
 本当に婚約もしていないのに、自分は王子の婚約者だと吹聴したら反逆罪になるのかしら?
 様々な思いと思考が交錯して、まともに考えられない。何を一番に考えたらいいのかがわからない。
 ルーカス様……。
 
 

ページのトップへ